関西2部リーグ所属 フットサルクラブ カンカンボーイズ

カンカンボーイズのはじまり

カンカンボーイズのはじまりは、ほとんどのメンバーが『有限会社藤井商店』の現役アルバイトか、出身者でした。
1997年2月、とある学生が藤井商店にアルバイト募集で面談、バイトに内定したところから始まりました。そのバイト学生がサッカーサークルに入っていたため、藤井商店社長の藤井さんとバイトの昼休みに一緒にサッカーを楽しんだりしているうちに、せっかくなのでフットサルの大会に出たいという藤井社長の希望が出て参加することになりました。それならばと、サッカーサークルの仲間を呼んでフットサル大会に出ようと出たところ優勝してしまい、その仲間たちもせっかくなのでバイトも一緒にしようとなって、仕事もフットサルもしているうちに出る大会出る大会で結果を残してしまった、という話です。

カンカンボーイズ名前の由来

有限会社藤井商店はアルミ缶リサイクル業の仕事です。がんばるオヤジこと藤井選手とアルバイトメンバーで構成されていることから、『がんばるオヤジとカンカンボーイズ』 になったのですが、今では愛称が「カンカン」で呼ばれていますが、そんな理由がありました。その後大会にも多く出場することになり、カンカンにメンバーとして参加する選手も増えて組織化されていきました。もちろん年齢や仕事の都合で離れる選手もいますし、怪我や事情などでフットサル自体から離れる選手もいます。ただ25周年も終えて末永くカンカンボーイズが存在して、フットサルができていることには本当に嬉しく思っています。カンカンの立上げから今まで関わってくれた選手やその家族の方々、スポンサー様や練習などの場所を提供してくれる皆様など、関わってくれた皆様のおかげだと心から思っております。
決して派手でFリーグ入りを目指すクラブでもないのですが地域に密着して末永く愛されるクラブを目指して、少しでも関わっていただいてい人たちの幸せに貢献できればと思い、日々頑張っております。今後とも末永いご支援の程、どうぞよろしくお願いします。

≫ 有限会社藤井商店

1999年11月

(有)藤井商店のアルバイトの学生の福利厚生の一環として結成。オーヤジ(当時38歳)をオモチャに今も現メンバーの安田、吉川、米良、江藤(現:アグレミーナ浜松)、と山田、山口、桜本、谷で全国的にイベントを荒らし回る。 (HP戦歴を参照) オーヤジにメダルをプレゼントするために日本選手権の優勝を目指し一致団結し頑張ることになる。

2000年05月

全国大会のFDCカップでカスカベとドッグの試合を見てフットサルを見直す。当時の代表が沢山出ていた。

2000年10月

関西施設選手権でマグを倒し準優勝になり一躍有名になる。

2001年05月

コパJAL全国大会で3連敗はじめてレベルの差を痛感する。

2002年04月

関西リーグに参戦

2002年11月

大谷(現:JOY)、石田などの加入なども有り第8回全日本フットサル選手権の全国大会の切符を手にする。

2003年03月

第8回全日本フットサル選手権大会で準優勝しオーヤジに銀メダルをプレゼント。決勝で負けて胴上げする。

2006年02月

全日の後、大谷、江藤などの得点源の移籍により苦戦を余儀なくされていたが、その後加入した 塩谷、高峯、今川、徳永、安田弟(現インペリオ) 、久森などが機能し始め関西リーグで準優勝し第6回地域チャンピオンリーグの出場権を獲得。

2006年03月

第6回地域チャンピオンリーグでその年の全日本チャンピオンのプレデター(元チームメイト江藤が所属)を破り3位に輝く。この時から全国では結果を残すと言われる。

2009年12月

第8回から数えて8回目の第15回全日本フットサル選手権兵庫県予選で4度目の決勝戦敗退で10周年を飾れず。11年目を迎えてまだまだ頑張るオヤジとカンカンボーイズは全日優勝をめざして頑張っています。

2010年12月

久々の関西リーグ6位のAクラスに入ったが第16回全日本フットサル選手権兵庫県予選でベスト4に終わり心機一転、頑張り続けている。

2011年06月

ユニ、ホームページを一新する。

2013年2月

関西リーグ降格する。

2015年12月

兵庫フットサルリーグ1部優勝する。

2017年12月

兵庫フットサルリーグ1部優勝する。

2020年2月

関西2部リーグ昇格。

2020年12月

関西1部リーグ復帰。

2026年2月

関西2部リーグ残留決定。

2026年3月

アカデミー構想スタートする

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